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第17話 最悪の裏切り

Author: 釜瑪秋摩
last update Last Updated: 2025-07-21 14:00:37

「やめてよ……」

 私の声は掠れていた。彩音の最後の言葉が、私の心臓を鷲掴みにしている。

「本当のことを教えてあげない?」

 その言葉の意味を理解した瞬間、私の世界が真っ暗になった。

 彩音は私が醜いということを、拓翔に伝えようとしている。

「お願いだからやめて! なんでそんな酷いことをするの!」

 私は彩音に向かって手を伸ばした。でも、彩音は私のスマホを高く掲げて、私の手の届かないところに持っていく。

「神林さん、そんなに必死にならなくてもいいじゃない」

 彩音の声は甘いけれど、その目は冷酷だった。

「酷いことだなんて、相手の人も知る権利があるでしょ? 付き合ってる人がどんな顔なのか」

「付き合ってない!」

 私は叫んだ。でも、それは嘘だった。少なくとも私の心の中では、今は拓翔と恋人同士なんだから。

「へえ、そうなの? じゃあ、なおさら問題ないじゃない?」

 彩音は私のスマホの画面を操作し始めた。私は血の気が引いていくのを感じた。

「なに……してるの?」

「写真を撮るのよ。神林さんの可愛い顔をね」

 その瞬間、私は理解した。彩音がなにをしようとしているのかを。

「だめ!」

 私は彩音に飛びかかった。でも、彩音は素早く身をかわした。私はバランスを崩して、机に手をついた。

「みんな、手伝って」

 彩音がクラスメイトたちに向かって言った。彩音と仲が良い何人かの生徒が私を取り囲む。私は逃げ場を失った。

「もういい加減にして! スマホを返してったら!」

 私は涙声で懇願した。でも、彩音は聞く耳を持たなかった。

「はい、こっち向いて」

 彩音は私のスマホのカメラを私に向けた。私は必死に顔を隠そうとしたけれど、クラスメイトたちが私の手を押さえた。

「神林さん、そんなに嫌がることないじゃない。ちょっと写真を撮るだけよ」

 彩音の声は、まるで私のためを思っているかのようだった。でも、その目は悪意に満ちている。

 ――カシャ。

 シャッター音が響いた。顔を隠そうとしてもがいた。酷い顔がますます醜く歪んでいるだろう顔を撮られた。

「もう本当にやめてったら!」

 私は叫んだ。でも、彩音は満足そうに笑うだけだった。

「いい写真が撮れたわ」

 彩音は私のスマホの画面を見ながら言った。全身から血の気が引いたように、体じゅうが冷たくなった。

「消してよ……それを消してったら!」

「えー、でも、せっかくいい写真なのに」

 彩音は私の写真を見ながら、わざとらしく首をかしげた。

「やっぱり、写真だと実物より可愛く見えるのね」

 彩音の言葉は何度も私を傷つける。私は自分の醜さを改めて思い知らされた。

「でも、これでも十分よね。相手の人に本当のことを伝えるには」

 彩音は私のスマホを操作し始めた。私は恐怖で震えが止まらなかった。

「なにしてるの?」

「真鍋拓翔さんに写真を送ってるのよ。『これが私の本当の姿です』って」

「だめ! もういい加減にしてよ!」

 私は彩音に向かって飛びかかった。でも、もう遅かった。彩音の指が送信ボタンを押した瞬間を、私は見てしまった。

「送信完了」

 彩音の声が教室に響いた。私はその場に崩れ落ちた。成り行きを黙って見ていたクラスメイトたちも、ヒソヒソとなにかを言っている。

「桧葉さん……自分がやったこと、わかってるの?」

 私の声は震えていた。彩音は私を見下ろしながら、肩をすくめた。

「別に悪いことしてないでしょ? 本当のことを教えてあげただけ」

「本当のことってなによ」

「神林さんが嘘をついてたってこと」

 確かに私は嘘をついていたのかもしれない。自分の容姿について拓翔にちゃんと話さなかったのは、一種の欺瞞だったのかもしれない。

「でも、これで相手の人も真実を知ることができるのよ。良かったじゃない」

 彩音の声は軽やかだった。まるで私のためを思ってやったことのように。

 ようやく彩音から奪い返したスマホを見た。画面には「送信済み」の文字が表示されている。私の写真が、拓翔の元に届いてしまった。

 私の心の中で、築き上げてきた拓翔との関係がめちゃくちゃになって壊れた。今まで大切に守ってきたものが、音を立てて崩れ落ちていく。

「ねえ、返事来るかしら?」

 彩音は私の肩に手を置いて言った。私はその手を振り払った。

「触らないでよ」

「そんなに怒らなくても。神林さんのためを思ってやったことなのに」

 彩音の声には、偽りの善意が込められていた。でも、私にはその悪意が痛いほどわかった。

 スマホが震えた。メッセージが来たのだ。私は恐る恐る画面を見た。

『紀子、これ君なの?』

 拓翔からのメッセージだった。

「あら、もう返事が来たのね」

 彩音は私の肩越しに画面を覗き込んだ。

「『これ君なの?』ですって。彼氏さん、困ってるみたいね」

 彩音の声には、明らかに楽しそうな響きがあった。私は彩音を睨みつけた。

「満足?」

「なにが?」

 彩音は白々しく首をかしげた。

「私を傷つけて、楽しい?」

「傷つけるなんて、そんなつもりないわよ。ただ、本当のことを教えてあげただけって言ってるでしょ?」

 彩音の言葉は軽やかだったけれど、その目は冷たかった。

 スマホがまた震えた。

『紀子、返事をして』

 拓翔からの二通目のメッセージだった。私は画面を見つめながら、なんと返せばいいのかわからなかった。

「返事しないの?」

 彩音が私に向かって言った。

「スルーなんて可哀想よ。彼氏さん、混乱してるみたいなのに」

 私は彩音を無視して、スマホの画面を見つめ続けた。拓翔になんと言えばいいのか。どう説明すればいいのか。

「ごめんなさい」

 私は震える指でメッセージを打った。でも、それだけでは、なんの説明になっていない。

「これが、本当の私です」

 続けて送信した。私の心は痛みで引き裂かれそうだった。

「さすが、真面目な神林さんね。素直でいいじゃない」

 彩音の声が聞こえた。私は彩音を見上げた。

「もう満足?」

「なにに対して?」

「私をここまで追い詰めて、楽しかった?」

 彩音は少し考えるような素振りを見せて、それから微笑んだ。

「楽しかったわよ。神林さんがこんなに必死になるところ、初めて見たもの」

 その言葉で、私の怒りが頂点に達した。

「最低」

「ひどい言いかたね。私はただ、神林さんのためを思ってやってあげたのに」

「嘘つき。私なためだなんて、これっぽっちも思ってないくせに」

 私は立ち上がった。もう、彩音の偽善的な言葉を聞いているのが我慢できなかった。

「本当のことを言いなさいよ。私をいじめるのが楽しいって」

 彩音の笑顔が、少し崩れた。

「いじめ? そんな大げさな」

「大げさじゃない。あなたは私をいじめてる。ずっと」

 私の声は教室に響いた。周りのクラスメイトたちが、私たちを見ている。

「神林さん、みんなが見てるわよ」

 彩音は私に向かって小声で言った。

「構わない。もう、隠すことなんてないんだから」

 私はスマホを握りしめた。拓翔との関係も、秘密も、全て壊れてしまった。もう、失うものなんて、なにもない。

「あなたは私をいじめるのが好きなのよ。認めなさい」

 彩音の顔から笑顔が消えた。

「それは……」

「認めなさいよ!」

 私は叫んだ。教室が静まり返った。

 彩音は私を見つめて、それから小さくため息をついた。

「わかったわよ」

 彩音の声は、今までとは違っていた。

「楽しかったわよ。神林さんをいじめるの」

 その言葉を聞いて、私は力が抜けた。やっと、彩音が本当のことを言った。

「でも、これで終わりよ」

 私は彩音に向かって言った。

「もう、あなたにいじめられることはない」

 彩音は私を見つめて、それから肩をすくめた。

「そうね。もう、つまらなくなったもの」

 私はスマホを見た。拓翔からの返事は来ていない。きっと、私の写真を見て、困惑しているのだろう。

 それでも、私は決めた。もう、逃げるのはやめよう。拓翔に全てを説明しよう。そして、結果がどうなろうと、受け入れよう。

 私は教室を出た。彩音の視線を背中に感じながら、廊下を歩いた。

 全ては、これから始まる。

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